2012年5月29日火曜日

フランスのピアノプレイエル

フランスのピアノ プレイエル

フランス随一のピアノ・メーカー

1807年にピアノ製作を始めた創業者のイニャース・プレイエルは、
オーストリア出身で、ハイドンの教えも受けた作曲家。
彼の息子のカミーユは、英国女王の御前演奏をするほどの
優れたピアニストだった。
創業者が音楽家だった点は、他のヒピアノ製作会社と異なっており、
プレイエル・ピアノの原点ともいえる。
カミーユは、演奏家としてイギリスに滞在中も、
ブロートウッドらの優れたピアノ製作者を学んではいたが、
やはり彼にとって決定的だったのは、パリでショパンとの出会いだった。


ピアノという楽器そのものの表現性を追及した彼らの交流から、
陰影豊かなピアノが生み出されたのである。
ライヴァルのエラールとしのぎを削っていた1870年代には、
生産台数が年間2500台を超えていたといわれるが、
19世紀は経営破綻と合併を繰り返す。
しかし、1990年代の末に、フランス人がピアノ製作部門を、
次いでサル・プレイエル(1927年にオープンした音楽ホール)の
経営権を握り、2007年には閉鎖していたパリ郊外の
サン・ドゥニ工場の生産が再開された。