2012年5月30日水曜日

ウィーン式ピアノの完成

「ウィーン式」ピアノの完成

ウィーンのフォルテピアノの製作者たちは、
シュタインのアクションを受け継ぎ、
彼ら独特の柔らかく軽やかな音色を生み出していく。

シュタインのフォルテピアノ
1777年、母親とマンハイム、パリへの旅の途上のモーツァルトが、
アウクスブルグの鍵盤楽器製作者
ヨハン・アンドレアス・シュタインの工房を訪ねた。
彼はその楽器の印象を興奮した調子で父親に書き送っているが、
とりわけ自作の二長調ソナタ K.284が、
「比較にならないほどよく響いた」らしい。
この頃すでにシュタインは、ハンマーを軽量化するだけでなく、
中間レバーなしで鍵盤とハンマーを直接に接触させる
「跳ね上げ式」アクションを考えだしており、
モーツァルトが演奏したフォルテピアノは、
以前ほど強く鍵を押す必要のない楽器だったのである。
その後シュタインは、ハンマーの向きを逆にし、
いわゆる「ウィーン式アクション」を完成させる。
このアクション方式が、ウィーンの製作者たちに
引き継がれていったのである。


ヴァルターのフォルテピアノ
一方、ウィーン時代のモーツァルトが特に気に入っていたのが、
アントン・ヴァルターのフォルテピアノである。
ヴァルターは1790年に
「宮廷付きオルガン製作兼楽器製作家」の称号を得て、
ウィーンのもっとも優れた製作者としての地位を確立する。
彼は、真鍮製のカプセル(ハンマーの回転軸部)を使用したり、
バック・チェック機構(ハンマーの2度打ちを防止する装置)を
改良したりと、シュタインの楽器をさらに重厚なものとし、
ヴィルトゥオーソ的な表現をフォルテピアノでも可能にした。
なお、軽やかなシュタインと重厚なヴァルターの
ちょうど中間に位置するフェルディナント・ホフマン製作の楽器も、
ウィーンならではのその優しく柔らかな音色ゆえに、
この時代のフォルテピアノとして無視できない存在である。